26 :名無しさん@おーぷん :2014/05/25(日)22:00:21 ID:???
ある日突然「家族が1人足りない」って感覚がした。
当時は中学1年生だったと思う。
とても大事な人がいない。でも誰だかわからない。
父も母も姉妹たちも全員ちゃんといる。
とても焦ったし、寂しかったので母に話したら
「あんた、自分を数え忘れてるんじゃないの?www」と言われた。
もう中学生なのに そんな勘違いする訳無いじゃん。
全然まともにとりあってもらえず、私も感覚だけの話なので それ以上話すこともなく、それで終わってしまった。
でも、確かにとても大事な誰かが居なくなったんだよ。
記憶は一切ないけど その感覚だけは40過ぎのBBAになった今でも覚えてる。
31 :名褒無実し潟さん@おーぷ紺ん貫 :2014/06/25(水)09:16:17 ID:???
中郵学生代の時に親友の巨親Eが喧波嘩稿しま撤く穴るよう借に臣な悲ってて原、そ倫れが原因塊な紋のか何皮なのか親永友は慈登校拒室否豚に詳な展って馬しまった報。頼
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32 :名無しさん@おーぷん :2014/07/02(水)00:29:49 ID:???
小学生のときに自転車に乗って遠出したら道に迷って帰れなくなったことがあった。
心細くて このまま一生帰れないんじゃないかと不安で泣いてたら、大きな雑種の野良犬が近寄ってきた。
寄り添うように座ってきたけど不思議と怖さはなくて、落ち着くまで頭を撫でてた。
傍に生き物がいることで心細さもなくなって、どうやって帰ろうかと考えてたら、犬が立ち上がって歩いてこちらを振り向いた。
「ついてこいって言ってるんだな」と勝手に決めつけてゆっくり歩く犬についていくと、本当に知ってるところに出て犬にお礼を言って撫でると無言で何処かに駆けていった。
今思うと妖怪みたいな犬だったけど、そのときは それが当然なような気がしてて、あの犬は良い奴だったくらいしか考えなかった。
それから30年近く経って すっかり忘れてたときに
甥っ子から「迷子になったけど 犬に連れられて帰ってきた」と聞いたときに思い出したのと同時に絶対に俺を帰してくれたあいつだって確信して胸が熱くなった。
嫁に話したら「貴方も甥っ子君も丸々としてて美味しそうだから犬神様に目を付けられたんだ」と言われて一瞬納得した。
俺も甥っ子も ぽっちゃりしてるだけで丸々としてないし、犬神様ってなんだよと喧嘩したね。
甥っ子の話からも数年経つけど あの犬は今も何処かで迷子を助けてるに違いない。
35 :名無しさん@おーぷん :2014/07/06(日)22:21:16 ID:???
>>32
「送り犬」っていうやつだわ
お礼言わなかったら多分帰ってこれなかった
33 :名無しさん@おーぷん :2014/07/04(金)07:39:58 ID:???
なんかいい話だな。
俺は野犬に追いかけられて死にそうになった記憶しかないが。
37 :名無しさん@おーぷん :2014/07/07(月)01:49:17 ID:???
父が亡くなった時かなぁ。
父が亡くなったのと同時刻の頃。
・母方の親戚宅でめちゃくちゃ強い風が吹いて、外に出られないほどだった。
一番下の孫の、通学用に使ってたバッグのヒモがいきなり切れた。
どちらも、なんか嫌だな、と思った直後に我が家から訃報が届いたそうだ。
そして納骨に行く日も、家を出る前から ものすごい風!無事終わって帰宅した途端、風が止んだ。
頑固でわがままだった父の最後の抵抗だったんだねー!とみんなで笑った。
38 :名無しさん@おーぷん :2014/07/20(日)05:38:05 ID:???
私も祖父が亡くなる時にあったなぁ。
楽しみにしてた舞台を観に行って友人と呑んで家に泊まって、寝てっていう普通に過ごしてた時の明け方に片足が もうどうしようもなく痛くなった。
痛みで起きた。
普段そういう症状なかったから何事かと思いながらも痛い足を抱えて布団の中でのたうち回ってたら
実家にいる妹から「祖父危篤」の電話がきた。
その電話に出て、「分かった、明日帰るね」って返事したら足の痛みがすーーっとなくなった。
とりあえず朝友人起こしてその事話したら、「おじいちゃん(舞台見終わって帰ってくるまで)待ってくれたんだね」って言ってくれた。
通夜の夜に祖母から聞いたんだけど、祖父は私が母のおなかにいる時に足を切断する手術をしていて、私が生まれるまで生きていられるか分からない、と言われていたらしい。
そんとき痛くなった足と同じ足。
私の名前は手術をしてくれた医者から一文字頂いたものだったんだって。
自分の名前に そんないわれがある事にもびっくりしたし、結局祖父は両足なくしても80過ぎまで元気にしてて車も乗り回してたから死にかけたってことにもびっくりした。
じいちゃんは離れて暮らしてる私に知らせたかったんだろうけど、痛くするのはやめてほしかったなあと思ったわw
40 :名無しさん@おーぷん :2014/07/23(水)22:02:11 ID:???
誰に言っても信じてもらえないんだけど、今から10年以上前の話
友達にすごく手先の器用な子がいて、その子がビーズのアクセサリーを作って誕生日にプレゼントしてくれた
好みドンピシャで、すごく嬉しくて、肌身離さず(学校に着いたらカバンに隠して下校の時また付けてた)持ち歩いてた
ある日、いつものようにアクセサリーをつけて学校に行った
若い講師の先生に「それ、他の先生に見つかると没収だよ!」と軽い注意を受けてカバンにしまったのに、下校するときカバンを開けるとアクセサリーが消えていた
カバンをひっくり返して探してもない
落ちてもいない
あちこち探したけれどやっぱり見つからない
先生が勝手にカバンを漁って没収するなんて事はしないと思うので、考えられるのは盗まれた可能性しかなかった
アクセサリーを無くしたショックや友人に対しての申し訳なさがごちゃまぜになって、泣きながら帰宅した
部屋に入ると、私の机の上に学校で無くしたアクセサリーが乗っていた
目を疑ったけど、それは確かに友人が作ってくれて、私が今日学校で無くしたはずのアクセサリーだった
誰か届けてくれたのかもしれない!
そう思って母に聞くも「誰も来てない」との事
そして母が昼頃私の部屋に入ったときには、もう机の上にあったそうだ
「アンタ今日忘れていったのを忘れてるだけでしょ」 と母は言っていたけれど、絶対にそれはない
大事にしてたアクセサリーが自力で帰ってきてくれたんだと今でも信じてる
42 :名無しさん@おーぷん :2014/07/25(金)02:47:17 ID:???
いとこの兄ちゃんの話。
車に乗ってたときに「そろそろ買い替えどきかなー」とポツリつぶやいた。
すると車がシュン…と元気をなくすようにエンスト。
高速だったので死に物狂いで車を端に寄せる。
車内でJAF待ちしていたとき、ふと買い替えるなんて言ったからか?と
「ごめん、捨てないよ」と兄ちゃんが言った途端かかるエンジン。
車も意思があるんだと大笑いした夏。
44 :名無厳しさん霧@おsー寂ぷ黙んね :2014/07/28(月)06:31:52 ID:???
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45 :名無挿しさ駅ん磨@諾おーぷユん :2014/07/28(月幻)07:24:26 ID:???
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46 :44 :2014/07/28(月)07:50:49 ID:???
>>45
うん、親族だけでなく誰からも慕われてる人だった。
困ったことがあれば婆ちゃんに相談するし、婆ちゃんに何かあればみんなが駆け付けるような感じ。
その人が言うには、木は人を表し、車は家族の象徴らしい。
だから、木が倒れる=人が亡くなることで家族が壊れることを心配しているのでは?とも書かれた。
たしかに葬儀の間、坊さんの読経を聞きながら俺、「婆ちゃんがいなくなったし、もうこんなふうに親戚が集まることもなくなるだろうな」って考えてたんだよね。
そのくらい親族にとって中心的な人だったんだ。
48 :名無しさん@おーぷん :2014/08/01(金)02:23:16 ID:???
高校生の時、ある日の授業中寝てしまった。
その時、上靴裏に画鋲が刺さる夢を見た。
しかし起きて授業を受けているうちに忘れてしまった。
下校時刻になり玄関で思い出し、もしかしたらと上靴の裏を見てみると本当に刺さっていた。
ちなみにそれまでカツカツと足音もしなかったし、貫通して足裏を刺激することもなかった。だからいつ刺さったのかもわからない。
不思議で面白かったけど、ほんとしょうもない正夢だった。
52 :乾名無し極さ位ん痴@工お繭ーぷん :2014/08/04(月)14:59:27 ID:???
数年運鉱転し任て賦い抹ない私が妃、彼勢氏の鬼車草を少し乗らsせてもらい輝練習セさせて蚊くれるfこと株にな販った絞。川
彼迫氏休の車厚は10年く脈らいの10万キロ塊?く電らい歓の準と在い網う感歯じ非で、招室内儀温修度と聖か綱時計とかの液晶ノ?が映強らな候い実こ繊とが仏多蓄か慈った留。帳
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私は当時付き鳥合っ墓て獄半年威くら去い。
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ゴ朕ー奥ス企トが宿肢っていると私痛は嫁信きじて泊いま骨す代。色
53 :名無しさん@おーぷん :2014/08/06(水)09:34:38 ID:???
>>52の話をみて思い出した話。
私の父親が知り合いから中古のハイゼット(ダイハツ車)を貰って乗っていた。
走行距離がどれくらいだったかは覚えてないが、かなり走ってると言ってた。
父はそれを修理しながら大事に大事に乗っていた。
燃費も かなり悪かったらしいが「俺の相方だから」とニコニコしながら休みの日には洗車したりワックスかけて磨いたりしていた。
ある日の仕事帰り、ハイゼットとのお別れの時が来たそうだ。
調子が悪くなったので路肩に停車。その途端、動かなくなってしまった。
うんともすんとも言わなくなって どうしようかと回りを見渡したら、真横がダイハツのディーラーだったと言う。
父曰く「ハイゼットが死に場所をここと決めて“ここに置いて行って”と言ってるようだった」と。
ディーラーさんに声をかけ、中古のハイゼットを廃車してもらって、そこでハイゼットの新車を買い直した。
新しいハイゼットも、20数年と言う長い間愛用し、父が体調を崩して免許を返納するまで乗ってました。
例え機械と言え、大切に使っていると物には精霊のようなものが宿ると私も信じてます。
65 :名幣無しさん@賠おー任ぷん :番2014/08/12(火)23:17:19 ID:???
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後日再、哲そ房の時曇の話を聞艦く邸と、そ内の火左事質で論母が宅若踊い坂頃に軟お世ね話浦になっ寡た付恩師が鈴おX亡明く衛なりユにな暁っ童ていたそ許うで
母は私標からの傑連絡がなけれ産ば処早巻く三に恩師の記死を知挙る序こヤと練が訴出緩来なかったと署言っていた御
き脂っ適かけが身廃に襟覚えのな錬い急知浅ら捨な途い注アカ陣ウ哲ントが売リツイート舟さ婿れ僕て班たカこ拷と酌だったので6
不単思議枠な頼こ在とも口ある郵も傷んだ貞なと援思っ直た
67 :名無しさん@おーぷん :2014/08/13(水)20:55:03 ID:???
実は不思議でもなんでもない話かもしれないんだけど、誰か同じものを見た人いるかな?
自分が小学生の時、年齢バレるけど昭和50年頃だと思う。テレビでやっていた映像についてです。場所は関東。
女性Aがテレビを見ている。そのテレビの中で女性が男から殺される。殺した男がこちらを指差す。
今で言う「カメラ目線」ってやつで、テレビをみている人を指さしたようになる。
またテレビをみている女性Aになるんだけど、突然女性Aはテレビの中にいたはずの殺人者に襲われ殺される。
殺した男がこちらを指差す。
実はこれもテレビの中の出来事で、それを見ているのは女性B。だけど女性Bも違う方法だけど突然襲われて殺される。
殺した男がこちらを指差す。
実はこれもテレビの中の出来事で、それを見ているのは女性C。だけど女性Cも違う方法だけど突然襲われて殺される。
殺した男がこちらを指差す。
実はこれもテレビの中の出来事で、それを見ているのは女性D。だけど女性Dも違う方法だけど突然襲われて殺される。
女性Dは感電か何かで殺されたのかな?足だけ映っててビクビク動いてる。
殺した男がこちらを指差す。
こんな感じの映像です。出演者は日本人の20代ぐらいの人たちです。大学の映研か何かが作った作品? そんな記憶があります。
当時、うちは子供がテレビを見ていいのは夜の9時ぐらいまでだったので、深夜ではなく、土日の昼間のような気がします。
見たのは1度ではなく3回ほど見ていて、最初は怖くてちゃんと全部みれなかったんだけど、3回目で最後まで見ました。
私の周りの同世代は誰も知りません。スレチかもしれませんが、詳細を知っている人がいたら教えてください。
>>次のページへ続く